常備薬
何でもないときには、存在を忘れていて、
何かあると、本棚の奥から引っ張っぱり出してくる、
心の常備薬のような本があります。
遠藤周作さんのエッセイ集、『狐狸庵人生論』。※
人間の弱さや悲しさを愛おしむまなざしが、全編に貫かれています。
入退院を繰り返した遠藤さんは、「生活と人生は違う」と考えるようになり、病気という生活上の挫折により人間や人生への理解を深め、『沈黙』などの名作を生み出してゆきます。
遠藤さんは、挫折したときに、破れた自分を正当化してしまうことにも意義を認めます。
「正当化すればするほど、結局は正当化できない自分を最後には発見する」
「選ばれた人間でも優越者でもなく、本当はイヤなイヤな人間だという事実と向き合うことができる。これは人生における第二の出発点になる」
「屈辱感を味わうことも人生には大事なことだ」
こうした言葉に接すると、本来、感情には善いも悪いも無く、あらゆる感情を体験し、味わうことが人生を豊かにしてくれる、と思えてきます。
イヤな自分を見て落ち込んだとき、
「ヨシヨシ、それでいいノダ!」
と、いたずらっ子のように笑う遠藤さんが飛び出してきそうな一冊です。
※『狐狸庵人生論』(2009年・河出文庫)
青春
篠田桃紅さん、御年104歳。
現役の書家として、創作活動を続けていらっしゃいます。
「人がいれば寂しくないなんてことはありえない」
「人間っていうのは苦しむ器」
「自分の生き方は自分にしか通用しない」
テレビのインタビューに応じる凛とした御姿と、
しなやかで力に満ちた言葉の数々に触れて、
ある詩の一節が思い出されました。※
青春とは人生のある期間を言うのではなく
心の様相を言うのだ
優れた創造力、逞しき意志、炎ゆる情熱
怯懦を却ける勇猛心、安易を振り捨てる冒険心
こういう様相を青春というのだ
歳を重ねただけで人は老いない
理想を失う時に初めて老いがくる
篠田さんの夢は、ゴビ砂漠のようなところに行って、一本の筆で一本の線を引き続けることだそうです。
死んだあとも引き続けたい。そんな筆は無いけれど。
それだけ自分にとって「線」は大事なもの。
死後にも連なる、一途で壮大な夢。
玄冬、よりも、青春、という言葉がお似合いの方だと思いました。
※サムエル・ウルマン「青春」(岡田義夫訳)
勇気
高校生が火事の現場から8名を救出した、というニュースを見ました。
彼は幼い頃から、人命を救助する戦隊物のヒーローに憧れ、救急法の勉強をしていたそうです。
また、ご近所の方々とは日頃から交流があり、救出した方の一人が、身体がご不自由であることも知っていました。
そのため、その方を背負って、煙を吸わないように身をかがめながら避難したそうです。
その間、「ありがとう、ありがとう」というかすかな声が、背中からずっと聞こえていたそうです。
燃え盛る炎と煙が、どれほど恐怖を与えることか。
火中に飛び込んで人々を助けた彼と、彼の行動を見守ったご家族の勇気に、心がふるえました。