勝手
ご近所で火事がありました。
立ち昇る火と煙。
鳴り響くサイレン。
消防団の召集を呼びかける緊急放送。
家々の戸口から出てくる人びと。
騒然とするなか、わたしは、かばんに財布とハンカチを入れ、ダウンコートを引っ掛け、いつでも避難できる体制を整え、玄関から火の手があがる方向を眺めていました。
数十分経って鎮火し、何ごともなかったように、もとの闇が戻りました。
やれやれ、無事でよかった。
それが、心の第一声でした。
主語は「私が」です。
バケツ一杯の水を持って、駆けつけることもできたし、当事者や消防団の無事を祈ることもできました。
それでも、そのときは、自分を守ることしか考えませんでした。加えて、高みの見物です。
いま、冷静になってみてはじめて、身勝手な心に気がつきました。
日めくり
今年も11月が今日で終わります。
朝起きて一番にすることは、日めくりカレンダー※を一枚めくること。
日々の言葉と、かわいらしい仏さまの絵が描かれています。
本日、30日の言葉。
あわてても
いきつくところは
みな同じ
のんびり
ゆこう
右手をついて、お昼寝をしておられるような仏さまの絵が添えられています。
ちなみに、昨日の言葉。
いのちの燃焼
ただボーッと
生きるのではなく
今日限りのいのちだ
と思っていのちの
燃焼をめざしたい
昨日は叱咤激励、今日は癒やし。
手を変え品を変え、日々揺れ動くわたしのこころを
整えようと、がんばって働く日めくりです。
※『詩画 かわいい仏さまの日めくり』
(小藪実英 あじさいの会事務局 平成22年発行)
参道
この道を歩くと 時空を超える
生死の境目も 曖昧になる
さまざまな時代に生きた
数十万の魂が眠る場所
戦いに勝利した者も 負けた者も
敵も 味方も
いっさいが関係なくなる世界
わたしの先祖 あるいは 先祖の知り合いが
この中のどこかに 眠っているはず
わたしたちも いずれは向かう世界を
物言わず 見せてくれる
見えない糸に導かれて
老杉に抱かれた道を
今日も歩いてゆきます
理想の人
『ばっちゃん』を見ていて、ある女性を思い出しました。
佐藤初女さん。
人生の苦悩を抱えた人々を自宅に受け入れ、手料理でもてなし、話に耳を傾けてこられた方でした。
夜中の電話にも対応できるように、枕元に電話器を置いて寝る日々。
会って話を聴くまでは、相手の素性や事情をいっさい聞かないことにしていたそうです。
佐藤さんの手料理、中でもおむすびを食べた人の多くは、心を癒され、生きる力をもらって帰ったそうです。
食べることはストレートに身体全体に伝わるので、食べながら、おいしい、と感じたときに心の扉が開くといいます。
食べる人のことを想う。
食材をいのちとして考える。
お米の一粒一粒が呼吸できるように丹念に結ぶ。
タオルにやさしく包む。
人は、何でもないことを大きく感じてくれる場合がある。それが転機のきっかけになることもあるから、小さなことを大事にしたいと話されていました※。
一度だけ、佐藤さんにお会いしたことがあります。
講演のあと、本にサインをしてくださるというので、長い列に並びました。
ようやく順番がまわってくると、「人の言葉は芳しく」という言葉を、一画一画、それは丁寧に書いてくださいました。
早く終わらせよう、効率よくこなそう、という姿勢は皆無で、その時間は、わたし一人だけに向き合ってくださった時間だと、はっきり感じることができました。
佐藤さんが感銘した教会の神父さんの御言葉です。
奉仕のない人生は意味がない
奉仕には犠牲がともなう
犠牲がともなわないものはまことの奉仕ではない
やれることをやっているのではいけない。
自分に何ができるかを考えたときに、
わたしにはこころがある。
こころは尽きることなく、与えたいだけ与えられる。
わたしは、こころでいきましょう。
と、大きな衝撃をもって気づいたことが、活動の原点だそうです。
目の前のひとりを大切にすることを、身を持って教えてくださった佐藤さん。
故人となられましたが、いつまでも、わたしの理想の女性です。
※こころの時代〜宗教・人生〜アーカイブス「心をわかちあう」(NHKEテレ 2016年3月12日放映)